2007年01月30日

私の母がギブアップ

昨年12月30日から、我が家に来ていた私の母が、遂に堪忍袋の緒が切れて激怒しながら、昨日の早朝に帰っていきました。
事の発端は、夕食の餃子。
餃子の皮は市販のものを使いましたが、鳥のささみを使いタップリの野菜で作りました。
焼き餃子は、私たち用です。
ミワちゃんには、蒸し餃子を用意しました。
そして、「お腹いっぱい食べてもいいよ」と、伝えると大喜び。
焼き餃子も、食べたいだろうと思って、1個はOKを出しました。
満足したように、「ああ〜、沢山食べた!」
と、食事が終わりました。
そのすぐ後に、「こったらもんで、腹いっぱいになるか!!!!」と、怒鳴ったのです。
これが、発端でした。

その後ミワちゃんは、何もなかったように自室に戻っていきました。
後に残された、主人と私と私の母。
空いた口がふさがりませんでした。
そして、母が切れてしまったきっかけは、
「まあまあ、病気だから〜」と言った、主人の言葉でした。
母の言い分は、私の代弁でした。
 *どうして、あの場でミワちゃんに注意できなかったのか
 *病気と言う言葉で、全てを括ってしまわないで
 *何をしても感謝できないのは悲しい
主人は黙ってしまいました。
それを見て、母は部屋に戻っていきました。
その後の二人の話し合いは、何処まで行っても平行線。
よかれと思って頑張ってきたのに。
胃に穴が空くほど心配していたのに。
息子なら、自分が先頭に立って、ミワちゃんと向き合って欲しい。
でも、あの人には通用しません。
何度もあった事ですから。
諦めるしかないのです。

流石に、1ヶ月間は長すぎたようです。
ミワちゃんと主人の欠点が、全てさらけ出されてしまったのです。
隠しておきたいと思っている事でも、いつかはボロが出てしまうものです。
二人共、当初は頑張っていました。
でも、習慣ですから、いつかは露見してしまう事です。
送っていったら、母は言いました。
 「無理だと思ったら、帰っておいで。
  我慢する事はないんだよ」
その言葉を聞いて、涙があふれました。
いつまで経っても、心配ばかりかけている自分が情けなかったです。
このような境涯に立っているのも、私の宿命なのでしょう。
母も、介護の連続の人生でしたから、2代続いた介護人生です。
何としても、自分の娘にはこんな思いはさせたくないと、この場を逃げる事無く、自分との戦いに挑んでいきます。
この時間は、絶対に無駄に与えられた試練ではないと思っています。
posted by 飯炊き人 at 10:48| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

旺盛な食欲

ミワちゃんの食欲は、感心するほど旺盛です。
自分の置かれている状態も、カロリーも考えずに、ただひたすら食べたがります。
私と言えば、十二指腸潰瘍で、痛みとの闘いですから、食欲は全くありません。
それを尻目に、本当によく食べます。
このようにして、今までは自分の好きなものばかりを、タラフク食べていたのでしょう。

退院時に、担当医師が言っていました。
 この患者さんの今までの食生活が、この状態になった訳です。
 厳しい言い方をすれば、自己責任なのです。
 これからは、しっかりと食事制限をして、現状を維持してください。
 そうしなければ、責任は持てません。

そういえば。。。。
実家の母が、言っていた事があります。
 食欲というのは、人生の中で最後まで残っていく‘欲’
 
今は、その言葉が、とってもよく判ります。
ミワちゃんの楽しみは『食事』の時間の何ものでもありません。
だからこそ、食べたと言う満足感の中で、楽しんで食べてもらいたいと考えます。
食事が美味しく食べられなかったら、悲しくなりますものね。
今の私が、まさにそのままなので、今回の十二指腸潰瘍は、そういう意味では、全く無駄ではなかったと痛感しています。

それにしても、あの食欲は物凄い。
どこにそんなパワーが秘められているのかと思うほど!

食べられないようなものばかり食べたがります。
食べさせてあげれない切なさに対して、ミワちゃんは真剣に怒ってきます。
説明すると判るのですが、それでも納得できないミワちゃんは、ドアを蹴飛ばして自室に帰っていきます。
本人は、モヤモヤしているでしょうが、その後姿を見送る私は。
悲しくって、やるせなくって、悔しくって!
そんな思いをするのが、嫁の務めなのでしょうね。
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2007年01月27日

オムツの値段は東京の方が高い

ミワちゃんは、寝る時にはオムツをします。
起きている間は、尿パット。
退院時に能代の病院で使用していた物と同じ物を使っています。
能代で購入していた値段と、東京で購入する値段には、かなりの開きがあります。
それはもう〜、ビックリするほど。

同じ物で100円〜300円の差があるのです。
どうしてなのでしょうか?!

それには、抱えている高齢者の数なのではないでしょうか?!

能代市内は、閑散としていて、車の数もマバラなのです。
スーパーの駐車場にも、車の数は数えられるほど少ないのです。
ところが、病院の駐車場は、大混雑。
3つもある大きな駐車場には車が溢れ返っていました。
病院内には患者さんが、これまた溢れ返っています。
それも高齢者ばかり。
人口の全てが、ここに集中しているかのようでした。

需要と供給の格差なのでしょうね。

今度、能代に帰った時には、絶対に買いだめしてきよ〜〜っと!
posted by 飯炊き人 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

嫁と息子と姑と介護

姑は、どこまでも姑です。
嫁はあくまでも嫁であって、他人のなにものでもないのです。
女親からすると嫁は、可愛い我が息子をたぶらかした、にっくに女。
うちのミワちゃんの思いは、この感情にほかならないのです。
私と主人の間に入って、何とか揉め事を起こそうと画策しているのです。
その策略に、3年前はすっかりハマッテしまった経験を持つ私は、ミワちゃんの作戦には簡単には乗りません。
その時は、私も主人も、ミワちゃんの心の変動に気がつかなかったのです。
見破ってしまったら、もうこっちのもの。
そう安々とは、作戦にひっかかりません。
食事のメニューが気に入らなかったり、もっと沢山の量を食べたいという時には、すぐにイジケテしまいます。
そんな時、以前の主人は、ミワちゃんの為に使うようにした和室に、慌てて入っていったものです。
そして、甘味や果物を食べさせていたのです。
しかし。。。。。。
今のミワちゃんには、その手は通用しません。
主人も、知ってしまったのです。
ミワちゃんが、陰で嫁をいじめていた場面に遭遇してしまったのです。
仕事が早く終わった主人は、二人を驚かせようと、連絡もせずに帰宅したのです。
そこで見たものは、自分の母親が、自分の妻をいじめていた場面。
まるっきり、ドラマのコメディーを見ているような状態。
私は、二人の顔と、二人の言い合いを、第三者のように傍観していました。
それ以後の主人は、二言目には
 「あれは病気がさせているから、我慢してね」
   ↑
  あれとは、いじめや暴言の事を意味していますの。
最初は、やっと判ってもらえて事で、とっても耳心地のいい言葉でした。
ところが、全てをこの言葉で括ってしまう主人に、段々と我慢ができなくなってくるのです。
そう言えば、それで事が済むとでも思っているのか!ってね。

人間って、贅沢ですよね。
判ってもらえない時は、少しでも判ってほしいと願い、判ってもらえたら、もっと他の言葉で、声をかけて欲しい。ってね!
他に声をかけてきたら、もっと優しい言葉をかけてほしいと、新しく不満を持つようになるのでしょうね。
本当に、人間って、身勝手なものです。
そうやって、自分を分析すると、ミワちゃんの心のヒダにも気がつくのですが、心に余裕がなくなると、そうもいきません。
 ‘このクソババー’なんて、叫びたくなる時もあるのですから。
介護って、くぎりのない事を意味していますから、気の遠くなるような気がしています。
まだまだ3ヶ月しか経過していないのに、これからが思いやられます。
嫁って存在は、何なんでしょうね。
永遠の課題なのでしょうね。

posted by 飯炊き人 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月25日

東京での無期限同居生活が始まる

病院の食事時間は、朝が7時半、昼が12時、夜は6時。
こんな時間では、我が家では合いません。
それでも我が儘ミワちゃんは、その時間を要求してきました。
本当に大変な毎日が開始されました。
インシュリン注射は、食事の30分前。
という事は、朝は7時に注射になります。
主人の仕事柄、夜は9時頃からの食事となっていたので、6時の食事時間が、体感時間になっていません。
これも苦労しました。
一番の苦労は、食事制限の調理。
計りを使いながら、頑張っていました。
段々と慣れてくれば、計りも必要なくなってくれるでしょうが、今はまだ計りに頼っています。

頑張っていた私を尻目に、ミワちゃんはドンドンと朝寝坊をし始めました。
今では、9時半に起きて着替えをして、インシュリン注射。
朝食は当然ながら、その30分後の10時。
スタートがずれるので、昼は2時。
夕飯は7時になりました。
それなりに楽になりましたが、朝が遅い分だけ、私は動きがとれません。
24時間介護の毎日のスタートになってしまったのです。
慣れてきた12月初めに、ミワちゃんはお粥を食べて、喉に詰まらせてしまいました。
この一件も、私の動きを封鎖してくれた事件でした。
お昼の用意をして、出かける事は不可能になってしまったのです。
それでいて、本人は病人ではないと思っていますから、手におえません。

主人はと言うと、あまり協力的ではありません。
介護は、何処まで行っても、嫁の仕事なんですね。
孤独な戦いの開始でもありました。
posted by 飯炊き人 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

痛いところだらけ

最近の食事制限がうまくいっているようで、血糖値が「優」の日々が続いています。
ミワちゃんと無期限同居を始めてから、もうすぐ3ヶ月になろうとしています。
最初は、月に1回の病院通いの予定でしたが、蓋をあけてみたら、何と毎週になってしまいました。
確かに、糖尿と循環器は、月に1回なのですが、整形外科でのリュウマチは、毎週になってしまいました。
今週で、5週目の通院です。
何とも厄介なものですが、本人はとても痛いそうです。
それならば、嫁としては頑張らねば!
内心は、もう年なんだから、あっちもこっちも痛いはずだよねぇ〜と思っているのですが、そうも言えずに嫁しています。
痛いのは私の方だよ!っと、言いたい所をグッとこらえて、嫁しています。

痛いところがみつからない時は、手がガサガサしていて気持ちが悪いと言い出す始末。
触ってみると、私の手の方がガサガサ。
そうすると、
 「今、クリームつけたから。
  さっきまでは、血が出そうなほどカサカサしていたの」
次に、言い出した事は
 「髪の毛を洗うと、パサつくから洗わない」
そうして、次の言葉は、
 「面倒だから、洗ってちょうだい」
あるお天気のいい日に、お散歩に誘ったら、
 「あんたが行けば!」
私は、お散歩は必要ないんだよ〜〜〜だぁ!
そして、息子に告げ口
 「今日はいいお天気だったのに、お散歩は面倒だってさ」
面倒だったのは、あんたの方でしょ〜〜〜!

そんな訳で、十二指腸に穴が空いてしまいました。
明日、内視鏡検査です。
胃カメラって、大嫌いだよ〜〜
posted by 飯炊き人 at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

東京に連れてきたのは11月7日〜その2〜

秋田道を無事に通過して、東北道に入りました。
物凄い豪雨は、嘘のようにあがってくれたので、トイレ休憩もとても楽でした。
1回目のトイレ休憩の時に、ミワちゃんは後部座席に座りました。
インシュリン注射は、いまだに慣れていないミワちゃんは、夕飯は食べたいけれども、注射が嫌だというムードは、痛いほど伝わってきました。
車の後部座席に座りなおしたミワちゃんは、インシュリン注射をしました。
これで、食事までは後一歩。
2度目のトイレに行ってから、パーキングのレストランに直行。
歩くのは嫌だと言っているミワちゃんですが、歩かなければ食べられないなら、当然のようにサッサと歩いていきます。
本当にげんきんなものです。
レストランでは、お蕎麦を頼みました。
私達夫婦は、ラーメンとチャーハンのセット。
ラーメンの方が先に来てしまったので、ミワちゃんにホンの少しだけお裾分け。
少々のつゆも入れましたが、飲まないでねと頼みました。
いよいよ、ミワちゃんのお蕎麦が運ばれてきました。
ミワちゃんの最初の行動は、残ったラーメンのつゆをお蕎麦の中にポチャン!
  ふらふらあぁ〜〜、またかぁ〜〜〜ふらふら
あっという間の早業でした。
  もうやだ〜(悲しい顔)本人は、知らん振りがく〜(落胆した顔)
我、観ぜず!

  がく〜(落胆した顔)先が思いやられますもうやだ〜(悲しい顔)
posted by 飯炊き人 at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 初めまして | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

東京に連れてきたのは11月7日〜その1〜

秋田県能代市からだと、東京までは秋田道の始点からの道のりです。
当日は、物凄い雨降りでした。

車中では、我が家のペットの小雪ちゃんが邪魔なので、ミワちゃんは助手席に座ってもらいました。
丁度、紅葉も見られると思ったので、前の席にしたのですが、これが不満の始まり。
座り心地が悪いとか、景色が見づらいとか、お尻が痛いとか。
私達にはどうする事もできないような事に不満をブツケテくるのです。
聞こえないふりをするのが一番だと考えて私は、寝たふり。
何とかこの場をしのぐ事ができました。

ミワちゃんのマイペースぶりは、他に類を見ないと思います。
何とも言えないしゃべり方。
以前から、何処かで聞いた事のあるしゃべり方だと思っていました。
東京に連れてくる車中で、突然とその聞き覚えのある声の主を思い出しました。
それは、「クレヨンしんちゃん」そのものなのです。
自分で思い出して、一人で吹き出してしまいました。
その時の運転は主人。
主人は、とっても驚いた様子で、
 「おいおい、どうしたんだ、いきなり〜」
私は、心の中で発見したこの事実を、言葉にする事はできませんでした。
言ったら最後、どうなるかは目に見えています。
主人からすると、自分の母親が‘いじわるミワちゃん’になっているとは、考えもつかなかったのですから。
その後、この事を知ることになるのですが、それはまた後でね。
posted by 飯炊き人 at 14:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 初めまして | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はじめまして、嫁です

80歳になった母は、ミワちゃん。
秋田に生まれ、33歳の時にご主人と死別したそうです。
それから、女手一つで私の主人を育てていったそうです。
47年間もの間、ミワちゃんは一人で一家を切り盛りしていったのです。
そんな気丈なミワちゃんは、沢山の病気を経験してきたようです。
本人でも、その病歴を覚えていないくらい。
中でも糖尿病は、20年以上の歴史があるのです。
それなのに、本人には自覚は全くありません。
時々の期間限定の同居では、食事の事で度重なる揉め事がありました。
そんな時には必ず、「このクソババー!」と、私。
でも時には、可愛いおばあちゃんになる事もあるのです。
最初は、その変化についていけませんでした。
それもこれも、糖尿病に関係があった事を、ネットで発見しました。
情緒不安定なのも、この病気の特徴。
一人暮らしをしていたミワちゃんは、本当に我が儘。
尊敬できるほどの我が儘。
振り回されっぱなし。
悲しくなるほど、孤独でした。
主人には、ミワちゃんの言動が判ってもらえなかったのです。

昨年の9月、ミワちゃんは救急車で入院。
秋田までの道のりは、どんなに急いでも8時間を有します。
その時間が、これほど長く感じた事はありませんでした。
やっと到着した私達に、主治医は、
 「覚悟をしてください」
それしか言ってくれませんでした。
信じられないという思いでした。
正直に言うと、ついにこの時がきてしまったかという思いでした。
ただただ、1分・1秒でも長く生きていてもらいたいと、必死に祈りました。
そんな時に、この年の3月までの4ヶ月間の期間限定同居の自分の行動を、猛烈に反省しました。
もっとこうしてあげればよかったとか、食べ物は好きなものを好きなだけ食べてもらえばよかったとか。
この時は、本心でそう思いました。
そして、この願いが叶って、ミワちゃんは41日間の入院生活を終えて、退院する事ができたのです。
それも、大きな爆弾を抱えたままに。
この退院から、我が家の生活は一変しました。
ミワちゃんは、インシュリン注射をする事になったからです。
決してボケてはいないのですが、物事を覚える能力が低下しているようで、一人では注射ができないのです。
自ずと、同居となった訳です。
退院したら翌日にも東京に戻る予定でしたが、ミワちゃんにはそんな事は通用しません。
勝ってに自分で日程を決めて、約1ヶ月を秋田で暮らすと言い出したのです。
流石に、主人は大激怒。
仕事の事もありますし、そんなに秋田には滞在していられない。
いやはや、先が思いやられるスタートでした。
posted by 飯炊き人 at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 初めまして | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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